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【比較】『ドラクエ6』と『FF7』の共通点と相違点/「理想の自分」が生まれた理由と「本当の自分」の違い

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ネタバレ注意

『ドラクエ』と『FF』は2大国民的RPGとして常々比較されてきた。今回はそんな人気シリーズの中でも『ドラクエ6』と『FF7』について比較してみたいと思う。

 

ドラゴンクエスト6 幻の大地

『ドラゴンクエストVI 幻の大地』は1995年12月にスーパーファミコン専用ソフトとして発売された『ドラクエ』シリーズの6作目。

 

ファイナルファンタジーVII

『ファイナルファンタジーVII』は1997年1月にPlayStation専用ソフトとして発売された『FF』シリーズの7作目。

 

『ドラクエ6』はスーファミ、『FF7』はプレステで発売されていることから発売された時代が異なる作品のようなに錯覚しがちだが、よくよく発売日を見比べてみると1年ちょっとくらいの差しかない。オウム真理教など暗い話題が多かった1990年代の作品だ。

 

 

この2作品の共通点はゲーム開始時(『ドラクエ6』の冒頭は夢という演出で「本当の自分」が登場するが…)の主人公がどちらも「本当の自分」ではなく「理想の自分」から始まる点だ。『ドラクエ6』も『FF7』も物語を進めていくことで主人公が「本当の自分」を取り戻していく。堀井雄二さんはこの物語設定に対して「あれは当時、90年代の『自分探し』が流行っていた世相を反映してみました。」と説明している。同時代に作られた故に、『ドラクエ6』と『FF7』は似た物語設定となったのだろう。

 

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一方で相違点は「理想の自分」と「本当の自分」の具体的な設定の差である。『FF7』の主人公は神羅カンパニーのソルジャーになることを目指して故郷を出るが、夢破れる。そのため自分を恥ずかしく思い、一般兵士として故郷に仕事として行かなくてはいけなくなった時は正体を隠した。その後はジェノバ細胞に侵食されたクラウドは、自分が憧れたソルジャー・ザックスの人生を自分の人生と混同させていてしまう。また人間関係に積極的になれず友達ができなかった性格も、「クールな性格」と置き換えてしまった。つまり『FF7』の主人公・クラウドは「スゴい奴だと思ったけど、実はスゴくなかった」ということになる。

一方で『ドラクエ6』の主人公はレイドックの王子でムドー討伐のために冒険をしているのが「本当の自分」だが、ムドーの術によって心が本体から分離してしまう。その結果、夢の世界ではライフコッドという山奥にある田舎の村で妹と2人で暮らす青年という「理想の自分」を作り出してしまう。つまり「そこら辺にいる普通の青年と見せかけといて、実はスゴい奴だった」ということになる。

 

 

同じテーマで物語を作っているにも関わらず、取り戻す「本当の自分」が「夢破れた引っ込み思案の青年」であるか、「世界を救うために冒険する王子」であるかという相違点は興味深い。自分はシリーズ全体としての好みは『ドラクエ』に軍配が上がるのだが、この2作品に関しては『FF7』のが好みだ。

 

何故なら自分には誰かから期待されるような役割など与えられていないし、その役割故にプレッシャーを感じるということはないからだ。一方で「理想の自分」と「現実の自分」の乖離の恥ずかしさやそれ故に現実逃避をして憧れの人物に自分の人生を重ねてしまったクラウドの気持ちは分かる。だからこそクラウドが「本当の自分」を認めて、成長する姿に勇気を貰えたのだ。

 

アルティメットヒッツ ドラゴンクエストVI 幻の大地

アルティメットヒッツ ドラゴンクエストVI 幻の大地

  • 発売日: 2011/02/03
  • メディア: Video Game
 
ドラゴンクエストVI 幻の大地

ドラゴンクエストVI 幻の大地

  • 発売日: 2017/02/16
  • メディア: アプリ
 

 

参考文献

【堀井雄二インタビュー】「勇者とは、諦めない人」――ドラクエが挑んだ日本人への“RPG普及大作戦”。生みの親が語る歴代シリーズ制作秘話、そして新作成功のヒミツ

 

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