女性の強さ描いた蜷川実花監督作品『人間失格 太宰治と3人の女たち』

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「あー、死ぬかと思った」

太宰治の代表作『人間失格』執筆前後を描く蜷川実花監督最新作『人間失格 太宰治と3人の女たち』を観た。

 

 

 

以下ネタバレ

 

物語は予告編から受けるイメージ通り太宰治が酒とタバコと女に溺れ、自分が堕ちていくところまで堕ちたことを知り、その気持ちを小説にぶつけるかのように『人間失格』を書き上げたという内容。

 

ただ本作が面白いのは、太宰治に振り回される女性3人が強く描かれていること。そのため映画全体から暗さは感じられず、ラストは爽快感やカタルシスすら感じさせる映画になっている。

 

蜷川実花監督は本作に登場する女性たちに対して以下のようなことを語っている。

 

太宰で映画を撮ることになった時、“振り回されていたようで、自分の欲しいものはきっちり手に入れた女性たち”っていうのが描けないかなって思いながら資料を読み込んでいて、出てきたのが3人だったんだよね。中でも静子は最強。すごく幸せそうに赤ちゃんを抱っこしてる、あの画力(えぢから)。半端なかった(笑)。

彼女たちの手記も読んで、字面だけ追えば悲劇のヒロインのようにも見えるんだけど、強さももっていた女性たちだと思う。どこまでリアルに見えるかはわからないけど、見た人たちがどこか一部分だけでも“分かる!”って思ってもらえたらいいなと思いながら作りました。

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つまり本作に登場する女性3人を太宰治に振り回された「悲劇のヒロイン」として描くのではなく、「強い女性」として描いたということ。

 

 

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宮沢りえが演じた正妻・美知子は、夫が別の女と心中したことで家の周りにマスコミが集まってしまったときに、家の扉を開けて堂々と洗濯物を干し始める。太宰治の遺書には「誰よりも愛してゐました」とあったが、「別の女と心中しといてそんな言葉を残されても…」と虚しさや惨めさを感じるのが普通だ。しかし彼女はその悲しみは家の中だけに抑え、一歩外に出れば平然といつも通りに洗濯物を干し始め集まったマスコミをガッカリさせて追い払う姿はとても強くて清々しい。

 

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沢尻エリカが演じた太宰治の弟子にして愛人の静子は、彼に日記の内容を『斜陽』にトレースされた挙句、子供ができたと知ると音沙汰がなくなる可哀想な子。傍から見れば完全に「利用されるだけされて捨てられた女」だが、ラスト『斜陽日記』を出版して社会的な地位を確立した静子が彼との間にできた赤ちゃんの頭を嬉しそうに撫でながら微笑む姿は、彼女の強さを体現しているようで美しい。

 

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二階堂ふみが演じた太宰治最後の女にして、彼と共に入水自殺をした富栄は当時の女性としては珍しく美容師として自立していたそうだが、劇中での描き方は「正妻にはなれない」「静子のような文学の才能はない」という立ち位置。ただ最後、太宰治が「やっぱり生きよう」と持ちかけると、富栄は「先生と行き(逝き)たいんです」と彼の腕と自分の腕を赤い紐で結び離れないようにする。愛した男を自分のものにするための執着は怖さと共に、やはり彼女の強さを感じさせる。

 

「自立した女性」という現在的な価値観だけではなく、「愛した男と共に死にたい」という旧来的とされる価値観も含めて全て「女性の強さ」として肯定する真の意味で多様性に満ちたラストは素晴らしい。

 

 

本作の太宰治は静子から「赤ちゃんが欲しい」と持ちかけられて、断りきれずに赤ちゃんを作ってしまったというエピソードが前半で語られる。そしたラストが「先生と死にたい」という富栄の願いを断りきれない形で死ぬことを選んでしまうのは『人間失格』としながら、実に「人間らしい」エピソード。クズなのに、憎めない理由はそこにある。エンドクレジット直前で、太宰治が目を開ける演出は蜷川実花監督によると「まだ書きたい」ということの表れなのだという。

 

人間失格

人間失格

 

 

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