『天気の子』をパンフレットの新海誠監督インタビューから考察

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<注意> 『天気の子』のネタバレ

興行収入100億円突破に向けて大ヒット上映中の新海誠監督最新作『天気の子』。今回は本作の個人的な解釈を書いていく。

 

公開初日に書いたエントリーでも書いたけど、個人的に本作は「雨が降り止まない東京」という設定がかなり大事なのではないかと感じている。

 

何故なら新海誠監督はこの設定についてパンフレットの中で以下のように語っているからだ。

 

今回の作品の柱としていちばん根本にあったのは、この世界自体が狂ってきたという気分そのものでした。

<中略>

ただ、それ(世界情勢や環境問題の変化)を止めなかったのも僕たちです。今の世界は僕たち自身が選択したものでもあります。

<中略>

(この世界の変化に対して大人に責任がある一方で)若い人たちにとっては、今の世界は選択の余地すらなかったものです。

 

つまり新海誠監督にとって「雨が降り止まない東京」という設定は、「大人たちの選択の結果、世界は悪い方向に向かってしまった」ことのメタファーだったのだろう。だから新海誠監督はこの映画で大人たちに対しては「大人たちの責任で罪なき若い世代は苦しんでるけど、どうするの?」と問い、若い世代には「世界はとっくに狂ってるのだから、若い世代の人も思いっきり自分がやりたいようにやりなよ」「こんな狂った世界でも他者と関わることで生きる意味が見つかると思うよ」みたいなメッセージを送りたかったのではないかと思う。

 

 

ただ新海誠監督はパンフレットの中で以下のようなことも語っている。

 

帆高も陽菜も貧しいというのは、実は『君の名は。』と大きく違う要素かもしれませんね。社会全体があの頃とは違っていて、日本は明確に貧しくなってきている。特に若い子にはお金が回らなくなっていて、それが当たり前になってきています。

 

個人的にこの発言は少し引っかかっていて、確かに若い世代は貧しくなってるのかもしれなけどこの3年でそこまで大きく変わったとは思えない。3年前の女子高生がパンケーキを食べて喜んでいたとするなら、今の女子高生はタピオカを片手に喜んでいる。

 

だから多分この3年で大きく変わったのは世界の方ではなく、新海誠監督の世界の見え方の方なんじゃないかなと思う。新海誠監督は『君の名は。』が大ヒットしたことで、そこらじゅうで自分の話がされて人格否定に近いことまでされたとインタビューで語っている。また次回作品への興行的なプレッシャーも大きくなった。

 

そういう環境の変化によって世界の見え方が変わり不安になったので、「世界情勢や環境問題、若者が貧しくなっている」とかの世界に対する不安と「自分の不安」を重ねてラストで「大丈夫だよ」と開き直るような映画を自己セラピー的に作ったのではないかと感じた。ただ「『君の名は。』のヒットは当たる要素を詰め込んだからで、プロデューサーが上手くチューニングして良いスタッフ集めて運が良かったから」みたいな批判には「いや、自分は自分の力で『君の名は。』を作ってヒットさせて映画界の常識を変えてやったんだ!」みたいな自負もあるから、主人公に「世界の形を変えてしまった」ことを認めさせるラストにしたのではないかと思えた。

 

 

完全に自分の憶測だし、新海誠監督からすれば「勝手なこと書いてるな〜」という感じだとは思うけど、やっぱり「自分の手で掴み取った」ということは「大切なこと」として観客に伝えたかったのではないかと思う。

 

小説 天気の子 (角川文庫)

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