「本人は普通に生きてるだけのつもりなのにな…」と切なくなる『X-MEN ダーク・フェニックス』

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『X-MEN ダーク・フェニックス』を観た。

 

『X-MEN』シリーズは『ターミネーター』シリーズに並んで作ら度に批評的にも興行的にも失敗しているイメージがあるシリーズだ。現に本作もロッテントマトで批評家支持率は23%と前作『アポカリプス』の批評家支持率47%を大きく下回る結果となっており、興行的にもシリーズで初めて1億ドルを大きく下回りシリーズ最低興行を更新する事は確実だ。日本の興行収入も初週は動員ランキング3位だったのに2週目では速攻で圏外になるなど全く振るっていない。

 

 

だから期待のハードルを大きく下げて観に行ったが、結構面白かった。本作ではX-MENの中でメンバーからの信頼が厚いジーンが宇宙ミッションでの事故をきっかけに押さえ込まれていたもう1つの人格が「ダーク・フェニックス」が解放されてしまう。

 

「ダーク・フェニックス」が解放されてしまってからの彼女は自分の感情と行動を自分ではコントロール出来なくなってしまう。だから自分が望んでいない事が自分の手によって引き起こされていく現実に耐えれなくなり、更なる暴走を引き起こす。

 

彼女の暴走に周りの大人も適切な対応が取れない。プロフェサーXは過去に彼女に対してやってしまったミスを認められないし、他のメンバーも彼ら彼女らの望まない行動から起きた結果に感情的になり暴走して彼ら彼女らの共同体は崩壊していく。

 

 

ここで大事だなと感じたのはジーンとその周りの人は「普通に生きてるだけ」という事。事件が起きて報道がされて世間で話題になると、まるで自分とは関係ない世界線で起きている物凄く大きな事のように錯覚してしまいそうになるけど、自分が住む世界と同じ空の下で普通の人が普通に生活を送って起きてしまっている事だと思うと切なくなるし、いつ自分の周りでも同じことが起きるか怖くなる。

 

 

そういう事を考えれたので個人的には悪くない映画だなと思ったけど、本作で暴走するジーンは若者。当然日本でも暴走する若者は少なくないけど今年は余り若くない人の暴走が目立った。「5080問題」の闇は深い。

 

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