公開前は散々ナメてたクセにジャスミンの『speechless』で心打たれてしまった実写版『アラジン』の感想

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興行収入100億円突破も狙える大ヒット中の映画『アラジン』を観てきたら、とてもいい映画だったので感想を書く。

 

正直観るつもりがなかった『アラジン』

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正直に書けば本作との出会いはよくなかった。何故ならジーニーのビジュアルが公開された時には既に「ウィル・スミスを青くしただけじゃないか!」という小馬鹿にするムードが出来ていたし、実際自分も「日本の俳優に置き換えれば織田裕二が全身青塗りにしたようなもの。コレは良くも悪くもヤバい予感がする」とか偉そうなことを考えていた。

またシネコンでは何故か本作だけ予告編が2回流れる事が多く、それもネガティブなイメージに拍車をかけた。そしてトドメは最寄駅のモニターでの大宣伝。シツコイ程『ホール・ニュー・ワールド』を聴かされた捻くれた自分は「絶対観に行かない」と強く心に誓った。

 

 

大ヒットと評判の高さとウィル・スミスに惹かれて…

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しかしいざ公開されてみると興行収入100億円も狙える大ヒット。しかもすこぶる評判も良い。そして予告CMを見るとハイテンションで踊るウィル・スミスのお祭り感を目の当たりにして強く心に誓った事などスッカリ忘れチケット売り場に向かっている自分がいた。

ただ劇場に入ると周りは見渡すばかりの女性客。男性客はカップルの片割れしかいないとてもアウェーな状況で予告編の段階で「あー、帰りたい」と感じざるを得ない気分に… 映画泥棒の直前に美容用品のCMが流れてどの映画の予告編よりも盛り上がる隣の女子学生グループを観て「あー、普段自分が観る映画と明らかに客層が違うな…」とか考えたりしながら映画がスタート。

映画はウィル・スミスが歌う『アラビアン・ナイト』と共にお金がかかっている事が伝わってくる壮大なオープニングで幕を開け、まるでディズニーランドのアトラクションの乗っているような錯覚に陥るくらいスクリーンいっぱいの映像で圧倒してくる。散々文句を言ってた割に自分はオープニングだけでこの映画にいとも簡単に取り込まれてしまったわけだ。

その後も『フレンド・ライク・ミー』『アリ王子のお通り』『ホール・ニュー・ワールド』とお祭り感溢れる大迫力の映像が続き、「大スクリーンで観てよかったな〜 良い映画体験が出来てるな〜」と嬉しくなった。

 

 

『speechless』に心打たれる

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ただこの時はまだ「普通に面白い映画」「スクリーンで観る価値の高い映画」くらいの感想で、映画をスクリーンで観ているという当然の感覚を常に持ち合わせていた。しかしアニメにはない実写映画だけのオリジナルソングであるジャスミンの『speechless』が流れ始めると自分はスクリーンに映像が映し出されていると事実を忘れ、その時だけはスクリーンという第四の壁を超えてダイレクトに歌が伝わってきたように感じたのだ。

ジャスミンは国王になることを望んだが女性だからという理由だけで、それを多くの人から拒まれ続けていた。だからこそ『speechless』という、その差別的扱いがある事実を受け入れ、その言葉によって傷付いてきた自分も受け入れ、それでも折れた翼で飛ぼうとする人間の強さを表現する曲を歌う彼女の姿には心を打たれる。コレは女性だけでなく、全ての社会から抑圧され身動きが取れなくなりそうなモノに勇気を与える曲なのだ。

現実世界では社会から抑圧され発言権が奪われがちな人間がミュージカル映画のようにいきなり歌い出して人生が切り開けていくという事はあり得ない。しかしこの歌を胸に社会の抑圧からの解放のキッカケになる人は少なくないのではないか?

 

 

カットされたジャスミンのハニートラップ

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一方でアニメ版のジャスミンはジャファーにハニートラップをかけたり、キスをしたりしてアラジンに助け舟を送る女性を武器に出来る強さがある女性だったが、実写版ではその手のシーンはなくなっている。この部分をなくした事からディズニーが提示したい2019年における「理想の女性像」の新解釈であり、好意のない敵相手にハニートラップをかけるようなしたたかさは2019年に提示したい「理想の女性像」ではないと判断したという事なのだろう。

まぁ、そこには少し引っ掛かりを覚えもしたが多分個人的な女性の好みの問題だと思うし、「プリンセス映画だから、今のディズニーの理想とする女性像を提示して夢を与えてるならいいんじゃね!」という気持ちのが現段階では強い。少なくとも「男に引っ張られないと何も出来ない女」という旧来のプリンセス像を否定する為に、逆の意味でステレオタイプに陥り「異性愛否定」と捉えられてもおかしくない域にまで達してしまった『マレフィセント』なんかとは比べ物にならない素晴らしい作品だった。

何より自分は『speechless』の一点のみでもこの映画を賞賛したいという気持ちに駆られている。それだけ肯定感に満ち溢れた映画だと思った。公開前に理不尽にバカにする態度を取ったことに対しては心から謝罪したい。そして本作の最大の盛り上がりをアニメ版の再現シーンではなく、現代的な解釈を与えた実写オリジナルシーンである事は高く評価されるべき部分だと感じた。

 

最後に…

最後に個人的な希望を書けば『ホール・ニュー・ワールド 小室圭&眞子さまバージョン』を作って欲しい。

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