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「黒井戸殺し」の真実を知った後の変貌振りが恐ろしかった…[野村萬斎×大泉洋三谷幸喜脚本作品]

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[警告]このエントリーには2018年4月14日放送三谷幸喜脚本「黒井戸殺し」もとい、アガサ・クリスティー原作「アクロイド殺し」の重大なネタバレを含んでいます。

 

「私たちだけが、真犯人を知っている。」

この強烈なキャッチコピーはすべての真実を知った後ではかなり攻めたキャッチコピーのように思える。これは昨年公開された「オリエント急行殺人事件」のキャッチコピー「容疑者は乗客全員」を思い起こされる。

自分はこの原作を知らなかった。そこでWikipediaで調べてみようとするといきなり、

この作品は、ポアロの隣人により書かれた手記という形をとるが、実はその隣人自身が犯人であったため、「語り手が犯人である」という叙述トリックが読者に対してフェアかどうかの論争を引き起こすことになった

という文章が目に飛び込み慌ててサイトを閉じるも時すでに遅し。一番最悪なネタバレの食らい方をしてしまった。そのため自分はこのドラマの放送が始まると「大泉洋が犯人なんだろ!」とややヤサグレた気持ちで見始めた。

しかしいくら犯人が分かっていても他の情報は全くなかったので面白く見れた。放送時間は3時間を越していたが三谷さんがインタビューで答えているよう「3時間でも面白ければ持つ」という言葉を見事に証明したように思えた。

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自分が本作で一番上手いと感じたのは大泉洋の「料理が上手だ。」と自負するお姉さんが味噌でカレーを作るシーンだ。このシーンは一見三谷幸喜のお遊びのシーンにも見えるが、後に彼女の脳には腫瘍があることが判明する。つまりこれは彼女の容態の悪さを表した残酷なシーンだったのだ。何も知らなければ笑えるシーンが真実を知ってしまった後ではまるで笑えなくなるシーンに変貌したのは見事だ。それを知ってからの大泉洋が「無理はしなくていいですよ。」の言葉の捉え方も変わってくる。そしてラストの「今日は久々のカレーよ」というお姉さんのセリフでその事実を再確認させられる。これは本作が三谷作品だからという前提で見ているからこそ原作を読んでいないような自分は見事に罠にハマってしまったのだと感じた。

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クライマックスは衝撃だった。勝呂が犯人に自らの死を選ぶ事を進めるからだ。これは犯人にとって一番良い選択として進めているわけだが、昨今のミステリーは「相棒」の杉下右京をはじめとする刑事だけでなく、「名探偵コナン」「金田一少年の事件簿」など探偵であったとしても「罪の犯した人でも生きて償う、生きなければダメだ。」という風潮がありそれが確実に根付いている。だからこそ限られた選択の中から最善の策として残酷な策を犯人に投じる探偵は新鮮に映った。本来ならこの作品は古い作品であるため、新鮮さなどは求められないと感じてしまう。しかしこの結末はとても新鮮に感じてしまうのだ。Twitterで#をつけて本作についてツイートしている人を見てもこの作品を新鮮と感じていることが伺える。昨今はリメイク作品の多さが嘆かれるが、名作が形を変えながら受け継がれることにだって必ず意味があるのだ。まさに「リメンバー・ミー」である。

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ラスト勝呂が苦悩の表情を浮かべるカットで終わる。どんなに優秀な探偵でも最後まで他にもっと最善の策は無いのかと悩み苦しむ人間らしさを伺うことができる。ここが「真実はいつも1つ。」などドヤ顔を放ち、全ての答えを知っているかのごとく喋る探偵との大きな違いに感じた。悩む勝呂のアップ後にくるレコードから流れるエンディングはその切なさの余韻には浸らせてくれる。

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最後に大泉洋さんの演技はスゴく良かったです。犯人だと分かった後の演技と分かる前のギャップが素晴らしくとても実写版「ハガレン」に出演してた役者とは思えませんでした。

実写作品を見て原作を読みたいと自分は思ったのでこういう原作とメディアミックスの相乗効果が起こる作品がこれからも多く生まれて欲しいと思いました。三谷さんには是非宣言通り50作品作って欲しいです。

[追記]

自分は原作を読んでないからあまり偉そうなことは言えないけどTwitterで何故本作が実写化不可能かを原作未読の人が理解できてない段階でこの作品は成功だった思います。