スポンサーリンク

「スターウォーズ/最後のジェダイ」を「進撃の巨人」と比較して映画は志が高ければいいのか問題を考える

スポンサーリンク

f:id:junk-weed:20171219144637j:image

スターウォーズ/最後のジェダイ」が公開されて大ヒットしているが、その賛否は大きく割れている。

絶賛派は血族主義から抜け出し新たな「スターウォーズ」を提示したことを軸に志の高さや新しいことへの挑戦を褒めている。

では否定派は?

1つはルークの行動が納得できないという、過去作品に思い入れがあるからこそ受け入れられないというもの。

そしてもう1つは純粋な映画としてのクオリティに問題意識を持っているようだ。

宇多丸さんは「全体の構造や志を見て良いとかいうのは良いけど、それを成り立たせる個々がダメすぎる。それは否定できない。」と語っていた。

 

ここで思い出すのが樋口真嗣監督かメガホンを取り、映画評論家の町山智浩さんが脚本を書いた「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN 」だ。

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN  Blu-ray 通常版

本作は滅びゆく特撮技術と最新のCG技術を合わせて巨人を描くことを試み、キャラクターを日本人が演じるに当たってそれ自体を大きな伏線にする演出など志は高い映画だったように思える。

しかし世間的には失敗作の扱いをされている。

その大きな理由は原作とストーリーやキャラクターが異なるからだ。

ここで原作に引っ張られすぎて作品の志の高さを評価しないのはおかしいという人がいるかもしれない。

しかし「進撃」が失敗作扱いされたのはそれだけだったろうか?

「進撃」は原作を読んだことのない人にも評判は悪かった。

なぜならいくら志が高くても1つ1つのシーンの演出がヒドく、一本の映画としてのクオリティが低かったからだ。

つまり「進撃」は決して原作を大きく変えたから失敗作扱いされた訳ではなく、一本の映画として失敗作として扱われているのだ。

 

これは今回の「最後のジェダイ」にも重なるように思える。

もちろん「最後のジェダイ」はルークの扱いに難色を示し酷評している人も多いだろう。

血統主義を否定する映画をやるなら別の作品でやればいいだろうという声もあるだろう。

しかし本作も「進撃」と同じで、それだけで酷評されているわけではない。

やはり一本の映画としての問題点を酷評されている。

 

今回少し思ったのは絶賛派は酷評派を過去の作品に引っ張られていて、新しいものを評価できないような少しバカにした表現で語られる傾向にある。

もちろんその側面は否めないところもある。

ただ志の高さだけで映画としてのクオリティの問題に触れないのは些か問題にも感じる。

 

「進撃」がしっかりと酷評されたことで、その問題にしっかりと向き合った結果ほとんど同じスタッフで「シン・ゴジラ」という傑作を生み出したこともある。

「最後のジェダイ」の本編にもあったように失敗から学ぶためには目を背けず向き合わなければならない。

なら今回の作品はやはり問題点はしっかりと指摘するべきなのではないか?

だから今回宇多丸さんはかなり厳しめに批評したと考えられる。

もっと本作が良くなると信じてるから。

もっと面白い「スターウォーズ」が観たいから…

(もちろん「進撃」は原作と異なることばかりにフォーカスが当てられ志の高さが評価されなかったことは問題だとも思う)

 

最後に今回あげた2作品の大きな違いもある。

「進撃」は原作と異なる上に映画としてもつまらなかったが、「最後のジェダイ」は過去の流れを変えているが映画としてつまらない訳ではない。

だから「進撃」と異なり大きく賛否も割れているようにも感じる。

[ネタバレ注意]宇多丸がタマフル放課後CLOUDで「スターウォーズ/最後のジェダイ」を語る - Junk-weed’s Blog